一升瓶の中の海月

気分で更新される思考の投函口

ある一つの夢(下)

 

晴れた空の下、駅に降りて一筋の連絡通路を歩んだ先、都市を一箇所にまとめてしまったような複合施設に僕たちはいた。

 

 

そのほんの一箇所、ショーケースが所狭しと並んだショッピングモールを、彼女はさながら蜜を探す蝶のように舞う踊る。

「これはどんな品物なの?教えて?」

頼まれた僕は、彼女を満たすべく知識を語る。

素材、歴史、価値、色彩、特色。なにも面白い要素がない話を、彼女は「へえ〜!」と楽しそうに聞いては他の品物に移っていく。

その顔が見たいがためにまた彼女に着いていき、つまらない話を紡いでしまう。

 

思えばいつも彼女の後ろを歩いていた気がする。

楽しそうに舞い、笑い歩む彼女と横に並んだことなんてきっと一度もない。それほど眩しかったし、それだけで十分だとも思えた。

憧れに手は届かない。そんなの誰だって知ってる。彼女とこうしてこの施設に来れたことだって、何か運命の悪戯だろう。奇跡みたいなもんだ。

こうしてふらふらと当てのないウインドウショッピングを嗜みつつ、陽は刻々と沈んでいく。

 

 

「そろそろ移動しよっか?」

ここには劇場から図書館、水族館や美術館、果ては神社や芝生まで存在している。

なんで芝生や神社まであるのかというと、都市の街並みを完全に管理下に置き、一つの施設として完結させてしまったからである。だからここは街でありながら、人が住むためではなく、人が訪れるための商業化された街、一つの複合施設とも言えるわけだ。

 

恐ろしい人並みだった。夕暮れが近いということもあって道に人がごった返している。

波というよりもはや崖と言っても過言ではない。前がほとんど見えないのだ。

そんな中でも彼女は溌剌と前に進んでいる。

…見失いたくない、ここで見失ってしまったらもう二度と会えない気がした。

 

せっかく一緒に歩けたのに、

少しは隣にいれたのではないかと思ったのに、

こんな楽しい時間だったのに、

それが終わるのを子供みたいに拒み続けて、ひたすらに崖を進んでいく。

 

夕立が降り始めて尚更先が見えなくなって、遂に僕は彼女を見失ってしまった。大声を上げて名前を呼びながら崖を進む、進み続ける、それしか彼女と出会う道筋はないのだから。

 

目の前に彼女はもういない。

どこかへ飛び立ってしまった。

悔しさを胸にまだ進みつつ名前を叫び続ける。悲しいけれど、そうするしか知り得る方法がなかった。

 

 

深く追い求める手に誰かの手が重なった

「へへ、びっくりした?」

いつものような天真爛漫な声の、求めていた彼女は、僕の後ろにいた。

 

 

降り頻る雨の中、僕たちは煤けた駅にいた。

気が緩んで力の抜けた僕と、笑顔の彼女は駅で雨宿りをしていた。

 

「びっくりしちゃった。キミがあんなに必死に私を探してくれるなんて。」

 

恥ずかしい姿を見せちゃったなぁ、あの時は本当に必死だったと思い返して、その時の気持ちまで振り返して涙が出る。

 

「でもね」 

 

姉のように、落ち着けるように僕を抱擁しながら

 

「嬉しかった。

色んな人と歩いたことはあったけど、あんなに必死になられたのは初めてだったんだよ?」

 

「だからね?キミがもしよかったら、また一緒に歩いてほしいな」

 

いつも後ろ姿を眺めていた彼女が、自分の後ろ姿も見ていてくれたんだと、それだけで満ち足りた気持ちになった。