一升瓶の中の海月

気分で更新される思考の投函口

ジョナサンの若鶏のみぞれ煮としらすご飯の話

 

 

f:id:tox_of_jellyfish:20200609170448j:image

 

太陽はますます気合を出し始め、容赦なく私のスーツを焼いていた。

夏の時期にネクタイを締めなければならないのがこの業種の悪いところだが、移動が多くどこへ行ってもクーラーがガンガンに絶え間なく効いているので許してやろう。

 

ここは訪れるのは今日が初めてなので、とりあえず先達にこう聞く

「ここあたりでおススメのご飯食べれるところないですか?」

相手は少し迷ってから

「うーん…少し行ったらまいばすけっとがありますね。その向かいにドトールがあって、隣にちょっとお高いファミレスがあるくらいですかね」

遠出してまでまいばすけっとに行くかといえば否である。ドトールは腹を満たすには適さないし、そのちょっとお高いファミレスに行くことにした。

「ありがとうございます」

焼けたスーツを椅子に掛け、財布とスマホを握り締め勇ましく進行を始めた。

出勤から5分後の話である。

 

 

照りつける太陽を憎みながら歩くとそこにはジョナサンがあった。

ジョナサン、生涯で一度行ったかどうかのファミレス。

ファミレスといえば高級イタリア料理店と高級中華料理店しか行ったことがない私にとってジョナサンはもはや神殿だった。

一度似たような店に行ったことがある。

あれは気品あるホストだった。

あの時はドリンクバーがないことを知らず大変な恥をかいた。気品ある文化圏で自由提供されるのはコーヒーだけなのだ。

一応他の店があるか周囲を見渡しても他の店は見当たらない。ならば挑むしかない。

 

入店すると周囲にはまばらな客、暇を持て余したジジババと如何にもツボを押し売られそうな気弱なおっさん。

昼を越した店内は混沌としていた。

 

席に着くとタッチパネルにメニューが映っている。

タッチパネル!最近のファミレスはそういうのもあるのか!

貴族な鳥と飲み屋でしか見たことがない光景に心が躍る。

外見とは違いスワイプして見るメニューにはハンバーグプレートやピッツァ、ドリアやグラタンなど代わり映えしないものが映っていた。

所詮はファミレスか。

その中に一つ異質なものがあった。

 

若鶏のみぞれ煮

ファミレスといえばハンバーグプレートとドリンクバーのメロンソーダという固定概念がある自分にとって、新鮮なものだった。

しかも若鶏といえば手羽先かグリルしか食べたことのない。それをみぞれ煮。

社会人の昼飯としては上等なのではないだろうか、今日は君に決めた。

今日は気分がいいので、ご飯をしらすご飯にランクアップして品物が来るのを待つ。

 

 

十分ほど経ってからようやく物が来る

 

f:id:tox_of_jellyfish:20200609170228j:image

 

でっっっっっか!

メインに最初に手を付けるのは優雅ではないと誰かも言っていたので、しらすご飯から手を付ける。

 

これが非常に美味。しらすなぞ地引網で取れる高い割にただの稚魚の味しかしないものだと生涯侮っていたが、一本取られました。流石です

真ん中に陣取る梅となめたけが絶妙な旋律を奏でている。

舌鼓を打ちながらメインのみぞれ煮に取り掛かる。

 

みぞれ煮がまた美味、しっかりと揚げた後に煮汁と大根おろし、そしてアクセントのなめたけがしっかりと味を締め上げる。

添えにあるオクラ、カボチャ、ナスの三銃士が非常に強い。カボチャなんて染み方が悪ければ食えたものではないが、しっかりとみぞれ色に染みあがっている。

 

 

この調和が心地よく、自然と三角を描きながら食べているところに

「ねぇプロデューサーさん。甘奈も一口だけ貰ってもいいかな?」

ハンバーグプレートとチョコパフェを前にして声を掛けてくるのは甘奈だ。

気前よく返事をし、トッピングの済んだ若鶏を差し出すと、甘奈は頬張って

「ん~~~!めっちゃ美味しいね☆」

と言い、質量を持った甘奈は店内の風景に消えていった。

 

 

ファミレスらしさが残る惜しい味噌汁を喉に流し込み、私は席を立つ。

会計1319円。

決して安いわけではないが、この経験には十分な額だろう。

 

扉を開けて迎えてきた熱風に顔を顰める。しかし瞳に映る空は入店前より蒼く見えた。