一升瓶の中の海月

気分で更新される思考の投函口

好きなもの:空の境界について

 

その日、帰り道に中古屋に寄った。

自分にしては珍しい、ほんの気紛れである。

見飽きた品棚を呆と歩いていると、

ほどなくして本が落ちてきた。

あまりに聞く機会のない、鈍い分銅のような音。

本が棚から墜ちて折れたのは明白だった。

コンクリートには水滴が流れていく。

風貌を留めているのは堅牢な背紙と。

脆く、連想させる脆い小口。

そして続編の亡い、歪な塊。

その一連の映像は、

庭園に沈みゆく古い棺を幻想させた。

 

___おそらくは。

値札を重ね続けたその亡骸が、

私には無窮の匣に見えたからだろう。

 

 

変わり映えのない面々と通うことになった中学で、明確に変わったのは部活と朝読書だった。

図書室に行ってもキャプテンとはだしのゲン(この二冊が唯一の娯楽系漫画だった)くらいしか読むことがなかった自分にとって、その時間は苦痛でしかなかった。

そんな苦悩の中、近所の同級生から借りた「紅」電波的な彼女」「涼宮ハルヒの憂鬱」を読み終えた自分には、確かな自信を持ち始めていた。

近所の中古ゲーム店にある閑散とした古本コーナーで、投げ売りされていたのが空の境界だった。

その頃、痛PCを作ってみたというニコニコの動画で両儀式の外見に見覚えのあった私は、安売りされた上下巻セットに手を伸ばした。

 

www.nicovideo.jp

最高ランキング順位102位なのに当時どうやって辿り着いたのか...。

この動画が全ての元凶だった。

 

 

空の境界のジャンルは伝奇モノ

『電灯が俄かに燈る都会の路地裏』というシチュエーションに惹かれるなら、読んでみる価値は非常に高い作品だと思う。

ただ手放しで勧められる作品ではない。

あの頃の奈須きのこの文章はお世辞にも読みやすいとは言えず、カルピスをタバスコで割っているような印象を受ける。

自分の恥ずかしいエピソードを話すのなら、

実は、漫画版の空の境界を読み終えるまで『1/俯瞰風景』の最初で黒桐が昏睡させられていたことに気付けなかった。

映画版も何遍も見たのに何故...。

 

他にも一章が一番難解な文章になっており、

その次の『2/殺人考察(上)』は過去の話に飛んで、時系列が凶ってしまうので大体勧めた友人はここで読むのを辞めてしまった。

逆に『3/痛覚残留』まで到達できた唯一の友人は、そのまま最後まで読み切って青崎燈子に脳を焼かれているので非常に信頼できる。

なので、とりあえず三章までは読んでほしい、そんな作品。

 

先の話で出た青崎燈子というキャラクターはこの作品で私が最も好きなキャラであり、

自分の人生観や思考の約半分くらいは影響を受けているといっても過言ではない。

読者のほとんどは「今日は飛べなかったんだろう」と一度は呟いたはず。

 

難解が故に何度読み返してもよい小説なので、

北海道旅行の移動時間に毎回読んでいるが、その度に新たな発見がある。

まあそれを共有できるような友人がいるのかって話ではあるのだけれども。

二年間くらい読み続けていた時期は、セリフだけでページ数が分かるという返答の校正をする以外で使えない特技もあったりした。

 

また、明確に空の境界を勧めるできる理由がある。

>好きな作品の続編がいつまで経っても出版されない。

>リメイクすると言われた作品が永遠にリメイクされない。

>されたと思ったら続編が出てこない。

といった嘆きは型月ファンであれば容易に再生できる。

が、空の境界は既に完結しており、続編なども作る気がないのはきのこのメッセージからも読み取れるところなので、安心して読むことができる。

 

 

ここまで聞いて「空の境界に興味が出てきたけどどれから始めていいか分からない...」

という矛盾した日常の螺旋にいる人のために、

この次では各版による差異を纏めておく

 

同人版

講談社ノベルズをパロディして作られている版。メルカリだと割と転がっている。

is nothing id, nothing cosmosのフレーズがここまで強調された盤はない。

上下巻に分かれており、持ち運びに便利。

袖の作者欄の作品一覧に、

魔法使いの夜(未発表)』と書いてあり、時代を感じた。

あと『flower snow(未発表)』ってなんやねん。TYPE-MOON wikiにも記載がないぞ。

 

講談社ノベルズ版

待望の商業版。ほとんど同人版と差異がない。

ただ笠井潔先生の講評が載っているので読みたい方はぜひ。

商業版で上下巻で収まっているのはこれくらいなので、持ち運びには便利。

 

講談社

上中下巻の三巻セット。

細やかに持ち運びたい人はこれ。

実は今回紹介する中で唯一私が持っていないものだったりする。

 

10周年記念限定版

黒い棺、空の境界の用語集という希少なものが付いてくるし、

その中にはきのこからのメッセージも入っている。

小口が全部銀でコーティングされているのでコレクターアイテム。

 

20周年記念限定版

なんか色々こだわっていてすごいコレクターアイテム。

これにもきのこのメッセージが入っているが、10周年のものも買っている想定で文章が始めるので危険。

本編、未来福音、終末録音が入っているのでお得アイテムではあるが、

用語集と未来福音の漫画は入っていない。なぜ...。

ここあたりから一部キャラクターのセリフが変わっていたりする。

 

20周年版

上下巻の二巻

値引かれている姿を見たことがないので、各3000円くらいする。

装丁がかなりしっかりしているので、添い遂げたい方はぜひ。

 

未来福音

本編の後日談。同人版と星海社版の二種類がある。

実は星海社版には同人版に掲載されている漫画が載っていないので、

式の可愛いところが見たかったり、浅上藤乃の話が見たい場合は同人版を買おう。

 

終末録音

そして私は目を閉じた。

本編とはあまり関係のない物語なので、手に入れられない場合は諦めても問題はない。

私は初日に新宿のバルト9へ見に行った記憶。

 

映画版

設定がガラッと変わった6章以外は非常に良い。

特に5章は癖があり過ぎて初めて読んだときのような感覚を得られる。

ただ大体は小説を読んでいる前提で進むので、あらかじめ小説を読む必要あり。

 

漫画版

とても分かりやすく親切。

天空すふぃあ先生は映画版のパンフで漫画を描いていた人なので、

理解度も高いしうまく補完がされている。

正直今から空の境界に触れるのであれば漫画版が一番わかりやすい。

 

 

6人勧めて5人は耐えきれず、1人はドはまりするような作品なので多くは望まないが、

ただ間違いなく勧められるものではあるので、

既に完結したコンテンツに足を踏み入れてはいかが?

 

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