一升瓶の中の海月

気分で更新される思考の投函口

バーチャル蠱毒備忘録⑥

 

ある一つの結末と災害の足音

 

レヴちゃんは忙しさからあまり配信が出来ないため、本選最終日の前日に最後の配信を行うとのツイートが投稿された。

この頃にはレヴちゃんのファンアートも地味に増えて、和気藹々とした空気が流れていた。ツイッターでの視聴者間の交流も増えて聞き逃した配信についての話題を共有してもらったりと中々ない経験をさせてもらった。いやアーカイブがあればこんなことしなくてもいいのだが、結果として交流が活発になったのは間違いない。

 

いつも通りのようにちょっと抜けた雑談をして、

いつも通りのように歌声を聴かせてくれて、

いつも通りのように配信が終わる。

 

そんな特別でもなんでもない配信を聞き続けていて、配信が生活リズムの一環として取り込まれていた。

ソーシャルゲームに打ち込んで夜には酒を飲み、朝方に寝る。

こんな生活は配信のおかげで一切さよならして、朝七時に起きて夜は明日の朝配信のために早く寝る健常者そのものの生活を送っていた。

まさか蠱毒によって自身が真人間になっていくとは思いもよらなかった。

 

一度の臨死体験をしていた私は心を落ち着けて最後の配信に望むことができた。これは私だけではなく、同じように配信を聴いていた視聴者も少なくとも前よりはマシであると思っていただろう。

 

 

12/4 21:00

最後の配信が始まる。

いつものような雑談と多くの歌、直前の配信で「転生先に関することを聞くのはNG」というルールを敷いていたので、そういったコメントが目立つこともなく、当たり前のようは配信が続いていく。

終了時間が迫る頃、前々からレヴちゃんが歌うと宣言していた「ホシキラ」のイントロが流れ始める。

綺麗な歌声だった。涙とかそういうものではなく純粋に聞き入ってしまった。次に彼女のが歌ったのはGreenのキセキ。別れの寂しさも歌が洗い流す。しかし彼女の声は私たちの心にこびりついた。

最後に「またね」と告げ、いつものように配信は終わっていった。

 

 

一度目の別れは失意の内に、しかし今度の別れは充足の内に別れることが出来たのだと思う。

 

いや嘘だわ。死ぬほど別れを惜しんでたわ。

 

 

いつものように目が覚めたらまたレヴちゃんが配信しているような気がして、でもそんなことはありえなくて、ぐちゃぐちゃになった感情を抱き締めて、それでも彼女を想って見送ったのだと思う。

 

私がレヴちゃんの配信を聴いていた期間は他の人と比べても本当に短い期間であることは間違いない。それでもこのように締め付けられるような気持ちになっているので、私はレヴちゃんに惹かれていたのだと思う。

単にいつものようにまた声を聞きたい。その気持ちが一番であった。

 

 

「ネットの別れはまたねでいいのじゃ」

彼女の言葉を反芻する。

彼女は声優になりたいのだと何処かの配信で告げていた。もし縁があれば何処かで出会うこともできるだろう。予選期間前に残してくれたヒントもある。

ただ自分はアニメには疎いのでもし彼女が大成したとしても聞き分けることが出来ないだろう、それが少し寂しかった。

 

 

時刻は23:00、こんな感情の中で突然ユイナナの配信が始まった旨の通知がスマホを揺らした。

自分の心にぽっかりと穴が空いてしまったように感じた私は、気晴らしにでも聞きにいくかと思い配信を開く。

 

それがとんでもないものだとも知らずに。