一升瓶の中の海月

気分で更新される思考の投函口

掴み取る人

 

失敗原因はいつだって終わった時で対面する。

 

 

過ちの原因を実感するためには、そもそも失敗が必要だ。

自分の所謂クセだったりだとか改善点を発掘できるのは、日々の生活に感度の高いアンテナを貼っている人以外は早々できるものではない。

だからこそ練習というものが重要になってくる。

 

この時期になると色々な結果が出てくる。

私はそれと直面する訳であって、ただ大抵の人は感情の上下で終わってしまう。

重要なのは結果ではなく、得られた反省点であるというのに。

 

 

仕方ない、幼稚さは誰だって抱えているものだ。

仕方ない、初めての経験は誰だって心を揺さぶられるものだ。

仕方ない、失敗は誰にだってあるものだ。

 

しかし貴方の先を決めるこの先、その失敗も仕方ないで済ませられるのか?

 

 

日々の出来事を当たり前のように過ごすことは悪いことではない。

でも一年後を自分は一歩でも状態で迎えることができるか。

 

今の人生は八十年、せめて八十歩は進んだ状態で終えたいものだ。