物語は確かに在った。
11/29、彼は運命と出会う_______
全ての元凶
「進級する」
退学がほぼ確定し、とりあえず休学を勧めていた友人から久々に送られてきたLINEがこれだった。
今まで何度声をかけてもやる気を出さなかった奴がいきなりこんなことを言ってきたわけで、まさに青天の霹靂というのに相応しい。
詳しく話を聞いてみると彼はバーチャル蠱毒にハマったらしい。
バーチャル蠱毒、これは十一月末から行われていた公開型Vtuberオーディションのことである。
運営側がVtuberの皮と活躍の場を用意し、その中の人をオーディションで決めるというものだ。ここまでだと何の問題もないが、これらの点が話題となりツイッターでバズることとなった。
- 一つの皮につき十二人の候補がおり、が振られている。
- 期間中に自由に候補者が配信を行って、その期間中に多くの「星」(視聴者が持つ投票権)を集めた人が勝ち上がることができる。
- 投票権は放送を見ればある程度手に入れることが出来るが、課金で買うこともできる。
もちろんオーディションなので勝ち上がった一人しかデビューすることが出来ない。
にもかかわらず十二人も候補がおり、これが「壺に毒虫を入れ、生き残った最後の一匹の強い毒虫の毒を用いる」という古代中国に於ける「蠱毒」の名を冠する原因となった。
流行りに沿って言えば「聖杯戦争」、候補者が十二人という点に着眼して「仮面ライダー龍騎」などとも揶揄された。
しかも候補者は一つの皮を争うため、中身を見分けることが出来るのは番号のみ。異なる外見が争うならまだしも、同じ外見のものが争うというのは大きな衝撃があった。
また最もタチが悪いのは、これだけの中身がいれば一人は推しが見つかるという点だ。Vtuberを普段追っている者になればなるほどのめり込む。
二点目が何を示しているかというと、目の前の候補者の勝敗を決めるのはあくまで視聴者であるということだ。
ここに運営は介在しない。一応審査員特別賞という別枠での突破方は存在しているが殆どは票数によって決まる。Showroomの名を冠する場所でこのような悪趣味な見世物が行われたのはなんたる皮肉か。複数候補がいるため配信の回数にもばらつきが存在し、平等であるとは中々に言いにくい。
これを助長するのは「Showroomにはアーカイブが存在しない」という事実である。つまり過去の配信をこちらは見返すことが出来ないため(有志による録画は一応存在している)ますます配信時間の格差が開いた。
三点目は蠱毒に片足を突っ込んだからこそ分かった点だが、投票権が金で買えるというところだ。つまりこれは「どれだけ多くのファンがいても、相手に強力なパトロンがついていれば、そちらが勝ち上がる」ということだ。なんという資本主義。企業側としても集金力のある中身の方が優先されるのは間違いないが、公開されているオーディションの中で匂わせられるのは中々に辛いものがある。自分の推しが背後から札束で殴られて負ける可能性を恐怖しながら最終日を迎えることになる。
大きく話題になった割に、実際蠱毒に触れようとした人間は多くなかった。
理由は簡単で、もし自分が推しを見つけてしまった場合、その子が消えることに耐えられないからだ。
前にも触れたが、こちらが持つ推しに対する明確な情報は番号しか存在しない。普通のオーディションならツイッターで名前でも検索すれば見つけられ、追い続けることが出来るが、このオーディションでは不可能であり死に別れと大差ない。
推しが死ぬは誰だって見たくない。純粋に考えて1/12の確率。ほとんどは消える。
そんなものに手を出そうとする酔狂な人間はそうそう存在せず、幸運なことに悪戯に課金をして予選や本選の突破ボーダーを荒らすような存在は現れなかった。
どうやら友人は「自分が金を入れることで他人の人生を狂わせられる」というボーダー荒らしの目的で見始めたらしい。だが九条林檎No.8(以下くるぶし様)という推しに出会い、その放送でコメントを拾われ「進級頑張ってなー」と言われたそうだ。
自分が知る限り高校時代から留年ラインギリギリで生き続け、大学生になって遂に留年した友人から聞いた初めて進級に対するポジティブな意見だった。
奴の心をそこまで動かしたものに私も興味を持ち、実際に蠱毒と触れることになる。
11/29。予選最終日の出来事だった。
※この内容は去年の冬コミで出した「バーチャル蠱毒備忘録」を加筆したものになります。日毎に更新していきます。